消費の概念が変わる。人間の最大の消費対象は自分の人生そのもの

人口の減少が進んでいる現在の日本。

「物から人へ」

消費は単なる物の消費から人間的サービスへと変わってきています。

これからは「消費」の概念が変わっていくかもしれません。

※知覧武家屋敷より

 

目次

時間軸優位の価値観がなくなりつつある

現代においては、時間軸優位の価値観、つまり新しいものほど古いものよりよい、という考え自体が古くなりつつあります。

これまでは新製品を買わせることが消費社会の鉄則でした。

今ある商品を陳腐でありつまらいものと思わせ、そして広告をバンバン流し新製品を買わせる。
それいった消費行動が高度経済成長期の日本を支えてきました。

人口、そして所得が右肩上がりに増えていった社会では、そういった消費行動が時代にあっていたのかもしれません。

しかし今後の人口減少にともない、消費も減少していきます。

現代の人たちは常に新しいものを求め続けることに疲れ始めているように感じます。

もしかしたら、自分の人生を豊かにするためにそういった行動が不要であることに、気づき始めたのかもしれません。

 

マックス・ウェーバーが指摘した現代社会

マックス・ウェーバーは自身の著書『職業としての学問』において、次のように言っています。

「中世の農民は人生という有機的な円環を全うしたと感じて人生に満足して死んだが、近代人はそれができない。近代人は人生に疲れ果てて死ぬのだ。」

つまり、文明社会には次々と新しいモノが登場し、それに伴い古いモノが忘れ去られていきます。そこに「完成」といったものはありません。

文明社会で新しいものを求め続けて行く限り、いくら生きても人生は完成せず中途半端で終わる。結果として「死」が無意味化してしまう。

最終的な「死」が意味を持たないなら、人生にも意味がなくなるため、「死」が無意味化すれば「生」もまた無意味化してしまう、ということでしょうか。

 

消費を「消耗」ではなく「充実」のためにする

マックス・ウェーバーが言う「文明社会による生の無意味化」から脱するためにはどうしたらいいのでしょう。

おそらく現代の情報化社会のもとでは、次々と新しいモノや情報が流れてくる環境から完全に脱することは不可能でしょう。

ただし、自身の頭で考えて行動することにより、これらの社会から一定の距離を保つことは可能です。

これからの時代はそういった人が増え、時間や人生の「消耗」のために消費するのではなく、時間と人生の「充実」のために使うようになると思います。

人間にとって最大の消費対象は人生そのものであり、究極の消費とは自分の人生を成就させることでしょう。

消費と人生の成就が直接結びつく、つまり充実した時間を過ごし満足して死ぬための消費とは何か、を企業がもっとも大切にすべき時代がきているのかもしれません。

 

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【編集後記】
神戸市議の橋本健氏ですが、架空領収書を発行し政務活動費をだましとったとして、連日報道がされています。

衆議院議員の今井絵理子氏との不倫騒動があったことにより、結果としてこういったことが発覚してしまいました。

が、もし不倫騒動がなければこういった詐欺行為が簡単見過ごされていたでしょう。

不倫騒動に関しては、これはお互い個人の問題であり政治活動とは何の関係ないのでどうでもいいのですが、架空領収書による詐欺行為となると、これはもう悪質と言わざるを得ないでしょう。

こういった政務活動費に関するさまざまな問題が、全国各地で続いているにも関わらず、現状なかなか法整備が進みません。

そもそも政治家自身に対する法律を政治家自身で改正しなくてはいけない訳ですから、まあ進まないのも納得はいきますが…。

そこは政治家の資質を信じるしかないですね…。

このビラの問題が出て、自分自身の広告活動のために1回100万円近くかけて、ビラを作成することに驚きました。
(たしか歯医者も経営しているので、ご自身の広告活動にもなってしまっている)

2016年時点で、地方議員の総数は約33,000人ほどですが、例えば年に一人1回100万円でビラを作成するだけで、年間330億円の支出(税金)になります。

これなら議員活動報告サイトを国が作成し、そこで一元化しpdfで公表するなどすればいいと思うのですがどうでしょう。

その方がクリック一つで全国の議員の活動を見ることができますし。

おそらくそれ位のサイトなら、100分の1程度の金額で作成できると思うのですが…。

同じサイトで収支報告書や政務活動費の領収書をpdfでアップすることを義務化すれば、各議員さんも、さすがに世間の目があるため支出に関しシビアになると思います。

政治家はお金がかかる、とはよくいいますが、お金がかかることを前提とするのではなく、お金のかからない政治にシフトできるよう発想を変える必要があるのではないでしょうか。

政治家自身が過去を踏襲し当たり前のように続けていることであっても、国民はそんなものはいらない、と思うものもあるはずです。

政治家は、頭がよく経歴のすごい方達ばかりですが、そういった柔軟な発想は苦手なことが多いようです。

「当たり前」という発想を捨て「ゼロ」から考えることができる政治家が、今後日本を変えていくのかもしれません。

 

【昨日の心・技・体】
心:読書(仏像とお寺の解剖図鑑/スタジオワーク エクスナレッジ)
技:なし
体:@自宅トレ
・腹筋×2セット

 

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この記事を書いた人

1978年9月 茨城県水戸市生まれ、埼玉県春日部市育ち。
東京都渋谷区在住。愛犬は4歳、娘2歳。
趣味は、野球(毎週日曜日)、愛犬の散歩。

雇われない・雇わない生き方である「ひとり税理士」として活動しています。

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